akasaki

Sep 24
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物語の暴走”とでも形容する他ないフラーのやり口は、破天荒であると同時に一種の奇跡に近い。普通そんなに早急に物語を押し進めたら、見る側の想像力をまったく刺激しない退屈な映画になるか、単なる無茶苦茶になるかのどちらかだ。しかしフラーの映画はそうではない。カットごとの余韻を極限まで削ぎ落とし、同時に極めて叙情的なのんびりしたカットを五秒挿入する、といった塩梅でそれは構築されてゆく。僕達にはもう映像がどうの俳優がどうのと言っている余裕はない。ただ息を呑んでそれを観続け、ひと言、“面白い”と呟くだけだ。しかし、いったい何が面白いのか? 物語が――さらに言えば、時間と共に刻々と明らかになってゆくコトの成り行きが、その成り行きを観客の目と耳に叩き込む手口が――つまり、映画そのものが。
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